教会に、たまごと背格好が似ている子がいる。
何度も「二人、似てるね」と言われてきた。
御言葉で、「比較するな」とおっしゃるから、
比較するのは良くないし、したくないとも思っている。
でもたまごは無意識のうちにその子と比較していた…。
似てるって言われるから比較してしまうと
何人かに話した事がある。
でもみんな口を揃えて言うことは「全然似てないよ」だった。
(´ω`)(´ω`)(´ω`)(´ω`)(´ω`)
あるとき、たまたまその子と共通点探しゲームをした。
性格や内面で似てるところを1分挙げてみた。
………ない?
負けず嫌いなとこ、これ一つだけあった笑
なんだ、全然違うじゃん。
自分を他の人と比較することは、
あなたとその人を同じ格、同じ状況として見たことだ。
しかし、あなたたち皆はそれぞれの個性を持って生まれた。
各自違う道を歩んでいく。
その水準も次元も皆違う。
聖三位はこれら全てのことを見るから、
どんな人も他の人と比較すらできない。
あなたたちの貴い価値性について
「比較できないほど貴い!」と言ったりもするだろう。
しかし今は「本当に違うこと」を意味する!
本当に互いに違うから、比較が不可能だ。
同じ次元で違う形象を持っているとか、
同じ姿で違う個性を持っていて初めて比較が可能なのではないか。
ところがあなたたちは、次元も、形象も、個性も全て違うから
何を見て、どのように比較することができるだろうか?
(摂理の御言葉より)
日本の比較社会で培われた、
この比較癖を直さなければと強く思った。
◎たまご
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